ブロンプトン江戸へ行く! (2)

隅田川を渡り江戸を離れたブロンプトン、その先の江戸を目指します(?)

途中、東京スカイツリーに立ち寄ってみました。

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ツリーの下までくるのは、初めてだけど、やっぱり高いな~!

そうそう、このスカイツリーの登場を江戸時代にすでに予知していた人がいたって知ってます?

その人の名は歌川国芳。

妖怪画などを得意とした浮世絵師。

その国芳の「 東都三ツ又の図 」という隅田川の中州から深川方面の風景を描いた浮世絵に、なんとスカイツリーが存在するのです!

作品が描かれたのは1831年。

sky.jpg

わかりますか?

zu.jpg

もうちょっと寄ってみます?

maya.jpg

ほら~!!

描かれた場所も現在スカイツリーが立っている場所に近いとか。
(詳細に検証した結果、違う方向であるという説も)

ちなみに左に描かれている少し背の低い方は、火の見櫓。

当時の火の見櫓の高さは約10メートル。

それから推測するとその高さは25メートルほどになるそうです。
当時、幕府の威厳、防衛を保つ為に江戸城を超える高さの建物の建築はご法度。

なので、当時としては異様な高さだったとも言えます。

果たしてコレは一体何を描いているのか?

井戸を掘るための櫓とも言われていますが、納得のいく証明はなされていません。

そもそも火の見櫓の存在は資料にも記載があるのに、これだけの高さのものの記録が残っていないと言うのも不思議です。

謎は深まるばかりだ。

181.jpg

そして、この国芳、スカイツリーの登場だけではなく、もうひとつ驚きの予知していたんです。

それがこの 「 東都御厩川岸之図 」に描かれています。

yoci.jpg

右端の男性のさしている傘に入った漢数字に注目。

これは当時の呉服屋などで使用されていた貸し傘。
その通し番号の千八百六十一(1861)

実は、この数字は歌川国芳が亡くなった西暦1861年と一致!

そう! 国芳は、自分の亡くなる年までも予知していたのです!

もっとも江戸時代は西暦は使っていなかったので偶然の一致と言えばそれまでですが・・・。

信じるか信じないかは、あなた次第・・・。

さて、話が大分それました。

それでは、江戸を目指す旅に戻りましょう。

tou 109

中川を越えるころ、綺麗な朝陽が登ってきました。

ブロンプトンは、朝陽を浴びながら江戸川を渡り千葉県へ。

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そして、坂東太郎こと利根川も越えて

tou 114

茨城県までやって来ました~!

そしてブロンプトンは、まだまだ江戸を目指しま~す!

ここまでで自宅から約50キロ(続)

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comment

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すごいなあ~!


思いっきり信じます!(笑)

“ 都市伝説 ” 大好きなんです。
ほかの家族は冷たいのですが
次女だけはわかってくれて・・・(笑)

それにしても見事な “ ツリー ” ですよね~
ビックリです。

niraikanai さんへ

おはようございます!

niraikanai さんも都市伝説お好きですか!
私も大好きです!
でも、都市伝説を徹底的に検証したりするTV番組なんかがありますが現代科学で本気で解明するのはよろしくないですね。
やはり謎のままにしておいて欲しいと言うか・・・
と言いつつ食い入るように観ちゃうんですけどね(笑)

今年こそはスカイツリーに登りたいな〜。
なんて思ってま〜す!
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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の37歳(男性)
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と昨年9月に生まれた娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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