Back to the Edo !  江戸の足とファーストフード

さて、表通りを歩いて行くと、油堀と呼ばれる運河に突き当ります。

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油堀は、現在は埋め立てられて、現在はその上を高速道路が通っているようです。

堀に面しては、船宿が2軒立ち並んでいますね。

各船宿は、何艘かの猪牙船(ちょきぶね)を持っていて、人や荷物を運搬しており、飲食や宴会をさせていたようですね。

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ちなみに猪牙船とはこの船のコトで、船の先が、猪の牙に似ているからとか、長吉という人が考案した船で、なまってチョキ船となって猪牙の字があてられた、とも言われています。

水の都江戸では、早く移動ができ、ハイヤー的存在だったとか。

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さて、2軒並ぶ船宿の内、相模屋さんという船宿さんに入ってみましょう。

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とっても落ち着く船宿で、熱燗でもやりたくなっちゃいましたね~。
茶箪笥なんかもとても、渋い!

さて、チョット休憩をしたあと、堀沿いに歩くと、火の見櫓のたもとには・・・

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天麩羅の床店があります。 床店とは、商品を売るだけでお店の人の居住スペースはついていません。
屋台のようにお手軽に、とはいかないまでも、規制がかかったりした時には、バラして移動します。

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当時の天麩羅は、串に刺した魚介類に下味をつけて揚げたものです。
中には、コハダのような光り物まで揚げてますね。

この時代の江戸では立ったまま食べるファーストフードだったようです。

その近くには、蕎麦屋さんもあったり、

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水茶屋があったりします。水茶屋とは、お茶の葉を売る葉茶屋に対しすぐに飲めるお茶を売る処です。

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江戸時代、水茶屋では、若い看板娘を置いて人気を博していました。

この浮世絵は江戸の三美人ともてはやされた谷中の茶屋の看板娘、笠森お仙です。

お仙さんについてのお話は、また別の機会に。

深川のこの茶屋には、どんな看板娘がいて、江戸っ子たちは、お茶を飲みながらどんな話をしてたのかなぁ。

そんなコトを想像しつつ、次は、庶民の生活の場、長屋へ行ってみたいと思います。(続)


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No title

天ぷらがスナック的って素敵ですね!
コンビにでから揚げやアメリカンドッグは売ってますけど
天ぷらも売ってくれたらうれしいな!

いもコン さんへ

こんばんは!

あぁ、現代で言うとそんな感覚なんでしょうね。

あとは、大阪の串揚げのような。

確かに、コンビニにあったら思わず買っちゃいそうだなぁ。
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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の37歳(男性)
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と昨年9月に生まれた娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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