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Back to the Edo! (深川江戸資料館)

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今日は、サイ君と深川に来ています。

深川と言っても時代は江戸時代。 天保年間(1830~1843)の深川佐賀町です。

ここはひとつ、江戸文化歴史検定3級のマヤリモが江戸時代の深川をご案内いたしましょ
う。

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ただし、入門レベル3級程度の知識でのご案内なのでアシカラズ。

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まずは、深川のメインストリートですね。

この通りは表通りと呼ばれ、通りに面して表店(おもてだな)と呼ばれる商店街が立ち並びます。
この裏が、裏店(うらだな)と呼ばれ、庶民が暮らす長屋になります。

さぁ、表通りには、どんなお店があるのかな? と歩いてみると・・・

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一軒目は、八百屋さんですね。新鮮な江戸野菜を取りそろえていると評判のお店のようですね。

江戸の野菜の代表と言えば、江戸川の小松川で採れる小松菜や馬込人参なんかが有名ですけどね。
ココには置いてあるかな。

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サイ君も品定めです。

さて、八百屋さんのお隣は、つき米屋の「上総屋さん」

つき米屋とは、玄米を注文に応じて精米して売る町のお米屋さん。

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こんな感じで精米するんですね。

当時のお侍さん達の御給金はお米。 だからこの商売、懐の淋しいお侍さんに貸し付けをしたりして、かなり羽振りが良かったんですって。 

さて、もう少し、表通りを歩いてみましょう。

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これは何でしょう?
洗濯物を干しているわけじゃないですよ。

これは、古裂売り(こぎれうり)と言う商売。 当時の庶民の間では、着物は大変貴重。

着て着て着て着古して、古着としても使えなくなった着物の端切れを集めた商人が、この天秤を担いで売り歩くのです。

さぁて、ここらで、チョイと小腹が空いてきましたね。

丁度いい塩梅にこんな屋台がありますよ。

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いなり寿司の屋台です。

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いなり寿司もこの時代に作られたものです。

現代のものと見た目は似てますが、当時は、ご飯の代わりにオカラを詰めた物もあったりして、それをワサビ醤油に付けて食べてたんですって。

ちなみにこのチョット前、文政年間(1818~1829)には、華屋与兵衛さんによって握り寿司も考案されました。

現在のサイズより、1.5倍ほどある大きなお寿司だったようですね。

握り寿司もやはり屋台で売られていました。 

まずは、ココで腹ごしらえをして、次に行きましょう! (続)




江戸文化歴史検定!

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10月30日、江戸文化歴史検定を受験しに明治大学にやってきました!

実は去年も受験し辛酸をなめた検定であります。今回は地元商店街のハロウィンの仮装コンテストを蹴ってのエントリーなので是が非でも合格したいもんです。

ところで僕がなぜ江戸時代が好きになったかというと・・・。1年ほど前に職場でリハビリを担当していた100歳近いバアチャンとのおしゃべりで『アタシャ両親を早くに亡くしてバァサンに育てられたんだよ。バァサンは江戸の人だったから躾に厳しくてね~』なんて。「そうですよね~江戸の人は躾に・・・!?って、エッ!?ちょい!ちょい!ちょい!江戸の人!?」「江戸の何年生まれなの??」
『嘉永6年・・・』「おいおい1853年。ペリーが来た年だよ!」
「江戸の人と話たことある人とオレ今話してるよ~」なんて考えたらチョット不思議・・・。で、そっから「江戸時代の人の話し言葉ってどんな?」「何食ってたの?」「普段の生活は?」なんて疑問が次から次へと・・・。

で、まず始めに手に取ったのがこの本・・・

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杉浦日向子さんが書いている「江戸入門書」的な本。堅っ苦しい本ではなくてホント楽しく読めて、疑問に思っていたコトが全て載ってる!今や僕の江戸に関するバイブルです。残念ながら著者の杉浦日向子さんは平成17年に亡くなってしまいましたが彼女の感性にとても魅かれるものがあって、ほとんどの著書は読み漁りましたよ。
ちなみに「博物学者」「小説家」「翻訳家」「妖怪学者」「タレント」などいくつもの肩書きを持つ荒俣宏さんは彼女の元夫です。江戸に少しでも興味のある人、お勧めです。時代小説好きの人にも時代背景がより分かって良いですよ。

で、江戸検の話。僕が受験した教室では6、7歳くらいの女の子から杖をついて今にもぶっ倒れそうな爺さんまで。以外に若い人も多くて色んな世代が多く集まってましたよ!肝心の試験の出来は、ボチボチですかね・・・。
まっ結果が良ければまたアップしますよ(笑)

それと友人から「4200円も受験料払って合格したら何かあるの?」と一言。「・・・・・・別に。」

日本史 ちょっとイイ話 (1)

お話の主役はこの人。誰かわかります?

徳川家茂

徳川14代将軍家茂公(失礼ながら以下「家茂さん」)でございます。

この家茂さん、漫画の「おーい竜馬」を読んだ方は知っていると思いますが、漫画の中ではとても優しそうで病弱に描かれています。実際の家茂さんも将軍就任前は動植物を可愛がるとても優しい少年だったらしいのです。(将軍に就任されてからは、それらの楽しみを捨てて英才教育に勤しんだとか)

さて、その家茂さんにまつわる、ちょっとイイ話です。

時は幕末、将軍である家茂さんには戸川播磨守安清(こちらも失礼ながら以下、「安爺」で)という70歳を過ぎた習字の先生がついていました。(先生っても家来です)

ある日、いつものように習い事をしていた二人ですが、突然、家茂さん何を思ったか、安爺の頭の上から墨を摺るための水をぶっかけた!(えっ!?マジで!?)

しかもその後、家茂さん「今日は終わり!続きは明日にしよう!」なんつって大笑いしながら部屋を出ちゃった!残された安爺さん泣いちゃってる・・・。(そりゃそうだよ。志村けんのバカ殿ですか!アナタは!)

まわりの人たちも「この大変な時期にこんな将軍で・・・戸川さんも大変ね~」なんて呆れてる。(確かにこんなバカ殿じゃあね)

でも、この安爺さんの涙は「嘆きの涙」ではなかったのです。実は安爺、お年のせいで、ちょっとした弾みで「おしっこ漏らっしゃった!」当時としては、将軍様の御前で「おしっこ漏らっしゃった」なんて一発レッド!厳罰は免れない!下手したら安爺、責任感じて切腹しちゃう???

で、その失態に気がついた家茂さん、すぐさま安爺に水をぶっかけて着物のシミをわからなくしようとしたのです。しかも「続きは明日=明日も来てくれよ」なんて、さりげなく「責任感じるな」なんて言っちゃう・・・。

そんな家茂さんの気持ちがわかったから安爺は泣いていたのです。「この涙はそんなもんじゃねー!」って。
ホント優しい将軍さん・・・こんな出来事が江戸時代末期にあったとさ。

どうですかみなさん!ちょっとイイ話でしょ?若いのになんて出来た人!!今まで僕が持っていた「徳川将軍像」を覆す、とても人間味あふれる素敵なエピソードだと思います。(戸川残花『幕末小史』より ちょっとマヤリモアレンジ)

ちなみに家茂さん将軍就任時は13歳!すごいっすよね!僕その年ごろは、駄菓子屋で買ったスモモ食いながら梅屋敷公園でBB弾で戦争ゴッコしてましたもん。

マラソン 115

追記:
家茂さんはいまはココ、増上寺の歴代霊廟に眠っています。しっかりお参りしてきました。(バカ殿なんていってゴメンなさい。日本の為にいろいろありがとうございました)

ちなみに家茂さんはお墓の発掘の際の調査では血液型はA型で、推定身長156.6cm。面長で鼻が高く、歯は反り歯だとのこと。(肖像画通り!)そして大のスイーツ好き!

勝海舟とは互いに信頼し合っていて(漫画でもそんな場面ありましたね。)家茂さんは「海のコトは勝に任せろ」と言っているし、海舟は家茂さんが亡くなった時に「徳川家、今日滅ぶ・・・」と日記を残し、後年家茂さんの名前が出る度に涙したとか・・・。ホントに魅力ある人物だったんですね。
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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の40代男性。
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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