32番目 巨石のある上田城

2016年4月の登城記です。

2年前か、はなもまだチッコイな(笑)

桜に合わせて来ようと思ったど、しっかり散った後でした~(笑)

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さて、こちらの上田城は、真田氏の居城で、徳川家の攻撃を2度も退けた名城。

とくに、関ケ原の時には、徳川秀忠の3万6000の大軍を真田昌幸、信繁(幸村)父子は2500の兵で対抗し秀忠軍の関ケ原への進行を6日間も食い止めました。

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現在残っている城は、仙石忠政によって江戸時代に再建されたもので、東虎口櫓門などが復元されています。

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門に使用されている石垣の中に、一際、大きな石が。

これは真田石と呼ばれる上田城のシンボル的な巨石。

戦国時代に築城した城の門にある石垣に、権力の象徴として、大きな石を一つ組み込むのが当時の流行りだったんだとか。

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本丸跡は、現在、真田神社となり、真田父子や歴代藩主が祀られています。

勝負ごとに凄い力を発揮しそうだね。

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そうそう、真田といえば、赤備え!

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この年はちょうど大河ドラマの 「 真田丸 」 が放映中。

沢山の人で賑わってました。

まだオムツをしていた はな、大勢の人が行きかう参道の真ん中に急に座りこみ
大声で、「 ウンチでた~!! 」 だって(笑)

もしかして真田父子よりも肝が据わってるかもね(笑)

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天下人、家康が最も恐れていた男と言われる真田幸村ゆかりの上田城、親子三人登城記でした。



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お供をつけずに鬼退治?! 31番目 鬼ノ城

今日も出張ついでに、岡山に来ています!(笑)

目的は、もちろん100名城!

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桃太郎ご一行も見据えるその城は・・・

その名も 「 鬼ノ城 (きのじょう) 」 !!

その城には、まさしく 「 鬼 」 が住んでいたと言われています(怖)

果たしてマヤリモ無事に帰ってくることは出来るのか・・・。

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鬼ノ城までは、舟ではなくてディーゼル車で向かいます。

そう、鬼ノ城は、島ではなく山の中にあるんです!

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鬼ノ城への最寄り駅は、服部駅。

でも、この服部駅は無人駅で、鬼ノ城を目指す多くの人は、二つ隣の総社駅からタクシーを利用するんです。

ネットでは、「 服部から歩いて行くのは困難 」 とか、「 マイカーでは、道が細くすれ違いが困難 」 なんて情報がチラホラ。

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一日1万歩の脚力の見せ所だ!

って、意気込みで自分の足を信じて徒歩で。

途中、道を聞いた地元のオバちゃんから 「歩いて~??」 なんて言われてビビリましたが(笑)

さて、さて、このあたりで、そろそろお供になる犬が出てきてもいい頃だけど・・・。

どうやら、お供は期待できそうにありませんね。そもそもキビ団子も持ってないし(笑)

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ややっ? この大きな釜は?

この釜、言い伝えによると鬼が使用していた釜で、略奪した女性で気に入らなかった子は、この釜で茹でて食べたとか・・・

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ギャー!!

やだな~。怖いな~。

やっぱ、お供必要なんじゃん?!

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恐る恐る、ついにやって来ました!!

ここが、鬼ノ城の入り口!

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前日に雨が降り、今日は晴天。

お陰で、目前には霞がかかってイイ感じ!

鬼の根城であるコトを忘れてしまうほど、爽やかな光景でした!

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さぁ、あれが鬼のいる城!

いざ、いざ~!!

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さて、この鬼ノ城、戦国時代の城ではなく、大和朝廷時代の砦と伝えられています。

築城年は、不明ですが、発掘調査では、7世紀後半に築かれたと言われてます。

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「 日本の万里の長城 」 とも言われてますが・・・

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その全貌がこちら。

当時は、山頂付近を砦が囲っていたんですね。

てか、こんな山奥(標高397m)まで敵が攻めて来ることってあったのかな~。

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そして、鬼ノ城の名前の由来となった鬼。

その正体は、当時の日本にやってきた大陸からの渡来人だとも言われていますが、その真相はまだまだ解明されていません。

当時の日本にはない技術、大柄な体系に聞きなれない言葉etc. そんな渡来人を鬼と結びつけたのかもしれませんね。

今回は、なんともミステリアスな城巡りとなりました!

なにはなくとも、鬼が出なくて良かった(ホッ)


とりあえず、灼熱の高崎城へ

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はなとの電車旅は結局、高崎線に乗り続け終着駅の高崎まで来ちゃいました!(笑)

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とりあえず、高崎城址に。

しかし、暑い! 少し歩いただけで汗がダラダラ。

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さて、こちらの高崎城は、戦国時代末期の1597年。

築城主は、大河ドラマでも登場する徳川四天王の一人、井伊直政です。

直虎に育てられ、のちに戦国最強の精鋭部隊 「井伊の赤備え 」 を組織します。

赤備えとは、甲冑や旗などを赤色で揃えた部隊。

あえて合戦では標的になりやすい赤色を使い戦いに挑む武勇の誉高い部隊なんです。

昨年の大河でも真田信繁が赤い甲冑を身に着けていました。

元は、武田の赤備えが真田信繁、井伊直政に継承されていったとも言われています。

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城跡には、県の施設等が立ち並び、市役所の近くには当時の外堀を見ることできました。

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これは、「 将軍の孫 」 という銅像。

突然、はなが敬礼をするので何かと思ったら、銅像の真似でした。

作者は、長崎の平和像も手掛けた北村西望氏です。

モデルは、当時3歳だった西望氏の長男だそうで、
日清戦争の軍神といわれた橘周太中佐の立像を製作するために遺品をアトリエに遊びに来た長男が
身に着け敬礼のポーズ姿を作品として残したんだとか。

この後、どこか公園で遊ぼうとしたけど、猛烈な暑さで再び高崎駅に退散!(笑)

いや、ほんと、身の危険を感じるほどの暑さでした!



30番目 丹波の名城で妄想 篠山城

兵庫県の宝塚駅から福知山線で40分ほどで篠山口駅に到着。

そこから徒歩で1時間。

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丹波の名城、篠山城にやってきました。

篠山城は、1609年に徳川家康が大坂と西国大名に睨みをきかせる拠点として築かせた城。

縄張りは、築城の名手、藤堂高虎。

天下普請により、わずか6カ月で完成したそうです。

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復元された大書院へ。

天守が建造されなかった篠山城は、この大書院が中核をなしたそうです。

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板張りの廊下を歩いていると、これからお殿様に謁見に伺う気分。(妄想)

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ほら、なんか聞こえてきた!

「 これ、マヤリモ、もそっと近うよれ 」 (妄想)

そんな妄想に浸れる篠山城でした(笑)


29番目 お供を従え福岡城!

2015.9 の登城。

今日は、お供を二人従えて福岡城にやってきました!

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な~んて、二人は僕の職場の先輩!

出張の僅かな合間に僕の我が儘でお二人を無理くり連れ出したんです(笑)

「 お供 」 なんて言ってるのを知ったら怒られるぞ。

特に左側のオノちゃんは怒らすと怖いからな。

普段は、アホなコトばかり言ってるけど!(あ、これも失言 笑 )

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さて、その福岡城は、黒田長政が築いた城で明治まで福岡藩黒田氏の居城となった城。

元々、この辺りは、 「 福崎 」 という地名だったようですが、
黒田家ゆかりの地である「 備前国福岡 (現在の岡山県瀬戸市長船町福岡 」 の地名にちなみこの地を 「 福岡 」 改めたそうです。

福岡のルーツは岡山にあったんですね!

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城跡には、復元された櫓や城門が点在し、城跡の大半は舞鶴公園として市民の憩いの場となっているようです。

福岡ダイエーホークスの本拠地、 「 平和台球場 」 もここにあったんですね。
球場が入っちゃうくらいだから、相当広い敷地なんですよね。

出張の合間でチョロっと来るには時間が足りなかったな~(笑)

でも、お供の二人・・・じゃなかった!
先輩お二人、お付き合いありがとうございました!

また城巡り付き合ってくださいね~!




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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の40代男性。
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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