とりあえず、灼熱の高崎城へ

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はなとの電車旅は結局、高崎線に乗り続け終着駅の高崎まで来ちゃいました!(笑)

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とりあえず、高崎城址に。

しかし、暑い! 少し歩いただけで汗がダラダラ。

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さて、こちらの高崎城は、戦国時代末期の1597年。

築城主は、大河ドラマでも登場する徳川四天王の一人、井伊直政です。

直虎に育てられ、のちに戦国最強の精鋭部隊 「井伊の赤備え 」 を組織します。

赤備えとは、甲冑や旗などを赤色で揃えた部隊。

あえて合戦では標的になりやすい赤色を使い戦いに挑む武勇の誉高い部隊なんです。

昨年の大河でも真田信繁が赤い甲冑を身に着けていました。

元は、武田の赤備えが真田信繁、井伊直政に継承されていったとも言われています。

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城跡には、県の施設等が立ち並び、市役所の近くには当時の外堀を見ることできました。

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これは、「 将軍の孫 」 という銅像。

突然、はなが敬礼をするので何かと思ったら、銅像の真似でした。

作者は、長崎の平和像も手掛けた北村西望氏です。

モデルは、当時3歳だった西望氏の長男だそうで、
日清戦争の軍神といわれた橘周太中佐の立像を製作するために遺品をアトリエに遊びに来た長男が
身に着け敬礼のポーズ姿を作品として残したんだとか。

この後、どこか公園で遊ぼうとしたけど、猛烈な暑さで再び高崎駅に退散!(笑)

いや、ほんと、身の危険を感じるほどの暑さでした!



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30番目 丹波の名城で妄想 篠山城

兵庫県の宝塚駅から福知山線で40分ほどで篠山口駅に到着。

そこから徒歩で1時間。

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丹波の名城、篠山城にやってきました。

篠山城は、1609年に徳川家康が大坂と西国大名に睨みをきかせる拠点として築かせた城。

縄張りは、築城の名手、藤堂高虎。

天下普請により、わずか6カ月で完成したそうです。

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復元された大書院へ。

天守が建造されなかった篠山城は、この大書院が中核をなしたそうです。

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板張りの廊下を歩いていると、これからお殿様に謁見に伺う気分。(妄想)

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ほら、なんか聞こえてきた!

「 これ、マヤリモ、もそっと近うよれ 」 (妄想)

そんな妄想に浸れる篠山城でした(笑)


29番目 お供を従え福岡城!

2015.9 の登城。

今日は、お供を二人従えて福岡城にやってきました!

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な~んて、二人は僕の職場の先輩!

出張の僅かな合間に僕の我が儘でお二人を無理くり連れ出したんです(笑)

「 お供 」 なんて言ってるのを知ったら怒られるぞ。

特に左側のオノちゃんは怒らすと怖いからな。

普段は、アホなコトばかり言ってるけど!(あ、これも失言 笑 )

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さて、その福岡城は、黒田長政が築いた城で明治まで福岡藩黒田氏の居城となった城。

元々、この辺りは、 「 福崎 」 という地名だったようですが、
黒田家ゆかりの地である「 備前国福岡 (現在の岡山県瀬戸市長船町福岡 」 の地名にちなみこの地を 「 福岡 」 改めたそうです。

福岡のルーツは岡山にあったんですね!

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城跡には、復元された櫓や城門が点在し、城跡の大半は舞鶴公園として市民の憩いの場となっているようです。

福岡ダイエーホークスの本拠地、 「 平和台球場 」 もここにあったんですね。
球場が入っちゃうくらいだから、相当広い敷地なんですよね。

出張の合間でチョロっと来るには時間が足りなかったな~(笑)

でも、お供の二人・・・じゃなかった!
先輩お二人、お付き合いありがとうございました!

また城巡り付き合ってくださいね~!




スタンプ帳は持ったか!? 28番目 高遠城

2015年4月の登城記です。

親子三人で初めての100名城訪問。

はなもチッコイな~(笑)

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長野県にある高遠城へやって来ました!

実は、このお城、以前にも来ようと思ったのです。

でも、肝心のスタンプ帳を家に忘れてくるといった痛恨のミス!

城のすぐ脇を通りつつも、泣く泣く登城を諦めたコトのある城なのです。

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高遠城は、高遠頼継を攻略した武田信玄が改修した平山城。

後年、勝頼の弟、仁科信盛が城主になりますが、信長に攻められ落城。

江戸時代は徳川譜代の大名の居城となりました。

高遠城址は、桜の名所でもあり、「 天下第一の桜 」 とも称され 「 さくら名所100選 」 にも選ばれています。

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城跡、桜の他には、「 江島囲み屋敷 」 .

江島というのは、江戸時代、大奥で権力を振るっていた女性。

ある日、先代将軍のお墓参りの帰りに芝居小屋に立ち寄り、帰城が遅れてしまいます。

門限に間に合わなかったという事で評定所の審理を受けます。

しかも、芝居小屋の役者、生島新五郎との密会をも疑われます。

拷問にもかけられましたが、自白はしませんでした。

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そんな江島が死罪を免れて島流しとなったのが、こちらの高遠。

江島は屋敷に監禁。

一見、普通の屋敷のように見えますが、屋敷は格子などで外部の世界と完全に遮断!

手紙のやりとりも叶わず、ここは、実質的な監獄。

朝夕二度、一汁一菜の食事、酒、菓子類は一切禁止!

着用する衣服も木綿のみ。

大奥で浮世離れをしていた江島にとっては、相当身に応えたでしょうね。

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天下一の桜と歴史を堪能した後は、いよいよスタンピング!

今回は、しっかり持って来ましたよ~!(笑)

前回、スタンプ帳を忘れたお陰で、今回は桜のシーズンに来ることが出来から結果オーライかな(笑)

そして、家族で初の100名城、思いで深い一城となりました!


27番目 青い石垣と舌を持つ城?! 徳島城

今日は、徳島県の徳島城にやってきました!

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この城は、青い石垣と舌を持つ城なんです。

石垣はまだ想像がつくとして、舌とは、どういうことでしょうか?

その前に、簡単に徳島城とは・・・

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徳島城を築城したのは、こちらの蜂須賀家政さん。

豊臣秀吉の直参、蜂須賀小六の子。

1585年に築かれた城で、この頃より地名も徳島と改められています。

また、全国的に有名な 「 阿波踊り 」 も家政の時代に始まったと伝えられています。

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そして、こちらは復元された徳島城の正門である 「 鷲の門 」。

幕府に鷲を飼うための小屋と偽って届け出をして作った門であることから、この名が付いたようです。

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天守跡。

天守は本丸に建てられるのが一般的なのですが、こちらの徳島城では、二の丸に建てられていました。

その理由は、景観の問題だとか防衛上の都合だとか言われていますが、定かではありません。

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そして、徳島城の石垣。

この石垣は、地元の名産である阿波青石という岩が使われ、青く美しい石垣を持つ城としても知られています。

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ちなみに、徳島市内を流れる新町川の護岸石も、この青石が使われていました。

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次に舌の謎はこの写真。

チョット分りずらいのでズームアップ!

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石垣から、ニョキッと突き出た石が 「 舌石 」 。

徳島城には、屏風折塀とよばれるV字に突き出た塀が複数設けられていました。

屏風折塀には、横矢を効かせて防御性を高める役目があり、舌石とは、この塀を支える支柱石のことなんです。

徳島城以外では、なかなか見られない貴重なものなんです。

僕が訪れた時も、この舌石を探している城好きさんが数名いらっしゃいました。

マニアックですよね〜(笑)

さぁ、お腹も空いてきたから、徳島の名物でも食べに行こう!

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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の37歳(男性)
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と昨年9月に生まれた娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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