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39番目 戦国スター集結! 名護屋城

佐賀城からホテルのある長崎までの道すがら・・・
というか、少し遠回りをして目指すのは、九州旅行初日最後の城、名護屋城。

ここを訪れる前に、城仲間の なおきんぐ さんから、「名護屋城は、標識みるだけでもテンションあがるぞ」

なんて、言われて、今まさに車で向かっている途中なんだけど・・・

なんのコッチャ??

なんて車を走らせていると、、、

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ん!? 「伊達政宗陣跡」!?

さらに車を走らせると、信号標識には、他にも徳川家康やら上杉景勝、島津義弘などなど。

確かにコリャ、車を走らせてるだけでテンション上がってくるわ!

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テンション上がりつつ、名護屋城に着き、さらにワクワクさせながら本丸を目指します!

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本丸付近には、名護屋城に集結した当時の戦国大名たちが陣跡の図があります。

歴史好きは、こんなもんでも興奮しちゃうんですよ!(って僕だけ??)

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ざっと見ただけでも、ビッグネーム揃い!

まさに戦国スター集結の城です!

ここに来るまでに、本などで見たことはあるけど、こうして陣構えと実際の風景を重ねて見られる!

やっぱ現地に来ると興奮しちゃいますね。

そんな戦国オールスターズの総監督は、この人・・・

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日本史上、最強の成り上がり者、秀吉さん!!

天下統一を果たした秀吉の野望は尽きず、大陸進出への足掛かりの為に築いたのが、

この名護屋城。

こちらの名護屋、偶然にも秀吉の地元、尾張の那古野と同じ 「 ナゴヤ 」 。

しかも、城の立つ山が 「 勝男山 」。

「 どえりゃ~縁起のええ土地だがや~! 」(僕の勝手な尾張言葉ですけど)

って、きっと、秀吉さん、相当な運命を感じたことでしょうね!

小躍りして、喜んでる秀吉さんの姿が目に浮かびます(僕の勝手なイメージですけど)

でも、結局、秀吉さんの大陸進出の野望は、叶わなかったんですけどね。

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「 太閤が睨みし海の霞かな 」

秀吉の朝鮮出兵は、晩年を汚す愚挙とも言われてます。

もし、信長が本能寺で討たれず、天下統一をしていたなら、どうなっていたか・・・

楽市楽座に南蛮貿易、パンを食べて、ワインを飲んでいたと言われる信長が、

果たして、武をもって大陸に進出を考えただろうか・・・

貿易交渉など、もっと違った形で、大陸勢力と渡り合ったんじゃないか・・・

そしたら、現代のアジアの人たちとの関係も、もっと違ったものになってたんじゃないか・・・

なんて、ダ~レもいない本丸で、一人、妄想にふけった名護屋城訪問でした!

でも、血で血を洗う戦国の世において、存分に人間味を発揮した秀吉さん、

僕は、嫌いじゃないよ。

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38番目 キレたらヤバイぜ!佐賀城

吉野ヶ里遺跡から同じ佐賀県の佐賀城にやって来ました!

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九州100名城探訪、3城目!

今のところ、妻子の機嫌も損なうことなく順調だぞ(笑)

さて、こちらの佐賀城は、もともとは龍造寺氏の居城で1611年に築城。

有明海に近い所に建てられ、敵方に攻められ、ヤバイ!って時には、堤を切り、水を引き込んで、
城一帯を水没させて攻め手を大洪水に巻き込み自らを守るという捨て身のシステムが働く城なんだそうです。

そんなコトされたら、攻める方としてはビビリますよね(笑)

俗にいう 「 キレたらヤバイ奴 」

小学校の頃にも喧嘩して劣勢になると、いきなり自分の拳をまるまる自分の口に入れちゃって
相手を威嚇するヤツがいたけど・・・

それとは、違うか(笑)

実際、その機能が働くコトはなくって、本当にそんなコトが出来るのかってもの眉唾物らしい。

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こちらは、明治7年、江藤新平の 「 佐賀の乱 」 で城の大半が焼失したなかで、
建物として唯一残った鯱の門。

この門を下馬せず切腹させられた武士もいたんだとか。

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佐賀城の敷地内には、復元されたアームストロング砲やカノン砲が展示されています。

幕末の時代としては、最新鋭の兵器。

これにも相手はビビリますよね。

流石にコレはハッタリじゃない(笑)

さぁ、この後も九州100名城探訪まだまだ続くよ~。

その前にお腹が空いたね。

どっかで、お昼ご飯を食べよう!




37番目 日本城郭発祥! 吉野ヶ里遺跡

2016.12.2

大和朝廷時代の大野城の次は・・・

今度は、それよりもっと時代が古い弥生時代の、城跡?いや、遺跡と言った方がしっくりくる?

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その吉野ヶ里遺跡は、1986年からの発掘調査によって発見され、

現在は国営吉野ヶ里遺跡歴史公園として整備されていますが、

その広いコト、広いコト。

てなワケで、母子二人を遊具のある公園に残し、弥生時代へタイムトラベル!

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トボトボと一人広い広いのっぱらを歩いて行くと、見えてきた見えてきた。

おぉ!結構、弥生時代してるじゃん!(どういう意味だ)

訪れたのは、平日で、ダ~レもいない。

本当に弥生時代にタイムスリップした感覚で、柱の陰から、ヒョッコリ弥生人が出てきそう。

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遺跡群の周囲には水田。

そうそう、日本は、この時代から 「 稲作 」 が行われるようになったんだったね。

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これは、教科書で習った、高床式倉庫かな。

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あっ!ネズミ返し!

これも歴史の授業で習ったぞ!

獲物の動物を追っかけて原野を走り回っていた我々のご先祖様。

稲作と言う技術を手に入れて、定住するようになる。

収穫した穀物を保管することも出来る。

でも、「 これで、みんなハッピー!良かったね! 」 とならないのが、人間の悲しい性。

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稲作や定住が進むと、富める者と貧しい者、貧富の差が生まれる。

そうなると、「 オレのトコで米が育たないのは、土地が悪いせいだ!」

「 チキショー!あいつらの土地と貯めてる米を奪ってやれ! 」

な~んて、ノリで(決してノリではないだろうけど) 「 戦 」 ってヤツが始まる。

襲われる方は、「ムラの富と平穏を奪われてはならぬ!」 と、敵の動きを探る物見櫓や柵をつくる。

これが、「 城の始まり 」 と言われているようです。

その後、より敵が攻めづらいように、土塁を高くしたり、城壁を作ったりしていくんですね。

城の原型を見られ、私、大満足!

さて、そろそろ、しーちゃんとはなのいる 「 現代 」 に戻ろうかね。

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吉野ヶ里遺跡公園、 「 公園 」 だけに楽しそうな遊具も充実。

しかも、ここも誰もいない(笑)

貸し切り状態で、はなも大はしゃぎ。

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日本城郭発祥の吉野ヶ里遺跡。

僕の目的も、しーちゃんとはなの目的も同時達成できた、最高のお城探訪でした~。





36番目 思わず素通り・・・ 福岡 大野城

平成28年12月。

親子三人で行った九州旅行。

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福岡空港に降り立ち、まず向かったのは、福岡県の大野城。

大野城に行く途中には、太宰府天満宮もありますが、五つ星級の観光スポットには目もくれず素通り。

普通だったら、ゼッタイ、天満宮を目指すよね~。

さて、その大野城は、飛鳥時代に大和朝廷によって築城された、日本最古の古代山城。

「白村江の戦い」で唐・新羅の連合軍に敗れた倭国が太宰府防衛を目的として築いた城であると考えられています。

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城跡のある場所はかなり広く、山の中を車を走らせスタンプを押した後、見所である 「 百閒石垣 」 を目指したんですが、

なかなか見つからず・・・

もしかして??

と思って、来た道を車で戻ってみると・・・

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あったよ・・・

さっきのトコだ。 看板も出てたんだね。

車だと、ゆっくり走らないと見落としちゃうね。

城跡妄想マニア、ここで、しばし古代の兵どもに思いをはせます・・・

でも、知識もさることながら、このロケーションもザックリ過ぎて、僕の妄想もザックリ(笑)

城と言っても、戦国時代のものとは、限らないんだなぁ。

これからは、大和朝廷時代についても知りたいなぁ。なんて、感じた大野城訪問でした!


前へ!前へ! 35番目 岩国城

さて、会議を終え、地元のカープファンの方々と酒を酌み交わし二日酔い気味の翌日。

新幹線まで時間があるので、山口県の岩国まで足を延ばしてみました!

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岩国と言えば、錦帯橋!

ずぅ~っと、見ていても飽きない素晴らしい橋だ!

こんな橋はなかなか無いよね~。

昔、 「 若者がこの橋を四駆で渡ろうとして橋を傷つけた 」 なんてニュースをみたけど、

とんでもないバカモノですね。

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下からのアングルも見ごたえ十分!

橋をこんなに隅々までジックリ見るのは初めてかもね。

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遠くに見えるアレは・・・

そうだ、そうだ、橋に夢中になってしまいましたが、城を見に来たんだった。

これから目指すのは、岩国城!

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時間があれば、自分の足で登りたいところですが、ここはロープウェイに乗っかっちゃいます!

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ロープウェイからの眺望。

この川が、天然の堀になってるワケですね。

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岩国城天守。

この天守の特徴は、4階と6階が下の階よりも張り出している南蛮形式と呼ばれるもの。

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天守閣からの見晴らしもイイですね!

きっと昔のお殿様もこの場所から・・・

って、実は現在の天守閣は、昭和37年に建てられたもので、
当時、立っていたのは、50mほど後ろの方!


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観光客で賑わう天守閣の後ろの方で、ひっそりと当時の天守台が残されています。

なぜ別の場所に天守を再建したのか??

天守閣再建の際、錦帯橋を渡るときに岩国城が視界に入るように
天守を本来の場所よりも、前に建てたんだって!

観光のために、天守を前に前に。

え~!?そんなコトしちゃうんだ~! 

と、チョット驚きの岩国城でした~。


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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の40代男性。
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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