親子三世代 会津旅行記 鶴ヶ城・大内宿


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会津旅行2日目。

まずは、会津若松城、通称、鶴ヶ城にやってきました。

やっぱり城を見ると旅行気分が上がるな~。

ちなみに、こちらの鶴ヶ城も100名城に名を連ねています。

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さて、鶴ヶ城を後は、是非セットで訪れるべき飯盛山へ。

こちら飯盛山は、戊辰戦争の際、会津藩の少年たちで構成される白虎隊が政府軍の侵攻から逃れ立て籠った山。

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鶴ヶ城からは4キロほど。

少年達は、この飯盛山から見える戦火で燃える城下町の火煙を落城と勘違いし、

「 もはや帰る場所はない 」 と自刃や互いの胸を突きあって果てた場所なのです。

現代日本の礎を築いてくれた先人と平和に感謝。

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現地には、ボランティアガイドさんもいて、供養塔や白虎隊のお墓、当時の状況などをまるで生き証人のように詳しく説明してくれます。

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飯盛山には白虎隊関連以外にも、世界的にも珍しい建築構造のさざえ堂があります。

1796年に建立された高さ16メートル、六角三層のお堂で名前の通りお堂の中は、さざえの貝殻のような螺旋状。

螺旋通路に沿って、かつては三十三観音像が安置されていました。

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そして、珍しいのは、上りと下りが全く別の通路になっているという点。

この構造により多くの参拝者が訪れてもすれ違うコトなく安全にお参りできるというコトです。

当時としては、というより、現代でも画期的な発想ですね。

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そして、この後、今回の会津旅行の最終目的地である大内宿へ。

大内宿は、会津城下と日光の今市を結ぶ宿駅として1640年ごろに整備された宿場町で江戸時代の宿場の面影を現在に残す観光地となっています。

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さて、今回の1泊2日の会津旅行も終わってしまいました~。

みんなでワイワイ楽しかったけど、家に帰って体重計に乗るのが怖いな~(笑)

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ケイとはなも仲良くなれたかな?

また、みんなでお出掛けしようね~。

< おまけ >

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・・・・。

まーちゃん、その席・・・。

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親子三世代 会津旅行記 五色沼・会津若松

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野口英世記念館をあとにしたマヤリモ家一行が次に訪れたのは五色沼。

はなも、ジィジとバァバと手を繋いでエッチラオッチラ。

頑張って歩いた先には・・・

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エメナルドな色彩を放つ綺麗な沼!
この日は、天気が良く水面がキラキラ輝いてました。

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今回の旅のスポンサーさんも若かりし頃を思い出してパチリ!(笑)

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そして、その後は、五色沼近くの貸別荘にチェックイン!

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お昼はテラスでBBQ!
何年も前の炭で中々火が起きず一時はどうなるかと思ったけど無事に火もついて一安心。

久しぶりに肉にカブリついたな〜!
ウンマかった〜!!

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BBQを楽しんだ後は、会津若松へ。

父さんとしーちゃんは、東山温泉でリラックスタイム!

いってらっしゃ〜い!

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その他のメンバーは、七日町というレトロな街並みを
散策&お買い物。

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その後、温泉組と再び合流し貸別荘に帰還!

会津若松で買い込んだ食材で夜宴で〜す。

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元会津住民、サイ君オススメの地酒、「ゆり」と共に会津の夜は更けて行きます。
さぁ、明日も楽しもう!

親子三世代 会津旅行記 野口英世記念館

5月の下旬、家族3世代で福島県の会津へ旅行に行ってきました。
久しぶりの家族旅行です。

そして、甥っ子のケイとはなは従姉弟同士、初旅行。

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まずは、会津磐梯山を望む猪苗代。

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その猪苗代が生んだ偉人、野口英世記念館へ。

野口英世記念館は、小学低学年の時に親子4人で観光にきた思い出の場所。

あれから32年。

子どもだった僕らが、自分らの子どもを連れて訪れる日が来ようとはね~。
感慨深いものがあります。

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30年前と同じ場所で兄弟でパチリ!

後ろの古民家は、英世の保存された生家です。

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この囲炉裏で英世は、左手に大火傷を負いました。
貧しい家に生まれ、なおかつ左手にハンディキャップを持ちながらも努力して挑戦していったんですね。

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そんな英世の生い立ち、挑戦と成功の軌跡を英世ロボットによる質問コーナーや資料等で学べます。

ケイやはなが大きくなったらまた皆で来てみたいな~。

それでは、この後マヤリモ家一行は、五色沼に向かいま~す!

< おまけ >

世界のDr.ノグチの身長は153センチでマヤリモ母さんとほぼ一緒。

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僕らと並ぶとこんな感じ。

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明治時代の人とはいえ、もっと大きな人かと思っていたので結構意外!

きっと、その偉業と自信に満ちた表情が彼を大きく見せたのでしょうね。

男三人旅 宮城 (石巻・再会)

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僕らが泊まったホテル。地下、一階部分が津波の被害に遭われたそうですが、頑張って営業中!

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全室オーシャンビューで

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部屋の前には沢山のカモメが遊びに来ます。この日の海はとても穏やかでした。

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最終日、チェックアウト後、災害対策庁舎へ行きお線香を。
ギリギリまで非難を呼びかける放送をした女性がいた、あの場所です。

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南三陸を離れる前に高台に上がり町を見下ろします。
アスファルトも線路も波に剥ぎ取られ、町の区画も分からない。

それでも、ここには人々の暮らしがあったんですね・・・。

そして、石巻へ向かいます。

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石巻では、リハ学校のクラスメイト二人と再会しました。

ひとりはエミちゃん。

僕らの妹分的な存在で、震災後すぐに出産してお母さんになったのです。
子供たちが大きくなる頃、被災地はどんな素敵な街に生まれ変わっているかな。

そして、もうひとりは、ゴウ君。

大船渡にいた彼は、「津波にのまれたけど運良く雑居ビルの3階部分にしがみ付き生き延びた」
「運と体力が生死を分けた」 と話していました。

そして、今回は会えませんでしたが、石巻には十代の頃にお世話になった先輩がいるんです。
震災後、電話で話すと 「手を振りながら流れるを人と何人も見た。地獄だぞ」 と言ってました。

そして、「生き延びたというコト、これは神様が俺に何かをしろ!と言っているのかも」 とも。
ケイタ君も同じようなコトをカッコつけて、言っていたけど・・・。

大丈夫、そんな使命感を持たなくても。神様は、お二人には何の期待もしていませんよ(笑)
普通に生きて、生活できていればイイんですよ。

今回の旅行では、被災地の悲惨さを目の当たりにしましたが、復興に向けての力を感じるコトもでき、
石巻では友人と再会するコトもできました。

この先、被災地が新しく、再生していく過程を楽しみに、また訪れたいと思います。
そして、笑顔で満ち溢れる素敵な町となりますように。 (終)






男三人旅 宮城 (南三陸)

男三人旅、ケイタ君の運転で仙台から南三陸へ。

南三陸は津波により壊滅的被害を被った地区のひとつ。

震災まもなく、大高さんが発電機を積んで支援に向かった場所。大高さんからの話を思い出しつつ
町中に入りましたが、想像を絶しました。

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僕はもちろん戦争は経験していません。でも空襲を受けた町というのは、こんなだったのか?
そんな思いです。

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復興! ガンバレ! 底力! 震災後、翌日からスローガンの様によく耳にした言葉。
僕も在京の友人との会話で何度も発していました。

けれど、実際に被災地の現状を目の当たりにしてみると、無責任なコトを口にしていたような。
被害に遭われた方の気持ちが置いてけぼりにされていたような。

そんな思いが頭をよぎりました。

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そして、こどもたちは、今どんな思いで海を見つめるのか・・・。

まだ1年前の出来事、物的復興も大事ですが、心のケアが一番大事ですよね。

それでも、荒地を力強く走っていたダンプカーを見ると、とても頼もしく感じます。

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そして、セブンイレブンも頑張って営業中!

明日は、石巻に向かいます。 (続)

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プロフィール

マヤリモ

Author:マヤリモ
大田区蒲田在住の37歳(男性)
職業は作業療法士(OT)
家族は高校時代からの縁で結婚した妻 しーちゃん と昨年9月に生まれた娘の はな。
いろんなコトに興味を示してしまうのが長所でもあり短所。結果浅く広い趣味が・・・。日々の出来事も交え綴って行きたいと思います。

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